ノート#5:医療費と歯科の関係について

歯科ノート著者村井健二

ここでは、「医療費」と「歯科」の関わりについて考えてみたいと思います。

一般的に、医療費と歯科の関係はあまり注目されないことが多いですが、実は非常に重要な視点があるのです。

お口の健康と医療費支出の深い関係

まず、日本の国民総医療費の半分以上を65歳以上の高齢者が使っているという現状があります。若い世代の医療費は少なく、日本は世界的に見ても急速に高齢化が進んでいる国です。

今後もこの傾向は続くと予想されていますので、医療費の増加が社会問題となっています。ここで歯科と関連させてみると、20本以上の歯がある高齢者の年間医療費は平均46万円であるのに対し、歯が4本以下の方は平均72万円と報告されています。データの抽出条件には差があるかもしれませんが、お口の健康が、医療費を抑える可能性があること、健康長寿の秘訣であるということは否定しがたい事実だと思います。

歯科的アプローチと健康長寿とは

高齢者の健康長寿を支える上で、実は歯科は重要な役割を担っています。たとえば、誤嚥性肺炎などの気道感染症は命に関わることもありますので、日頃の口腔ケアをちゃんとしていくことで、お口の中を綺麗な状態に保つことがとても大切になります。

また、平衡感覚の保持、つまり噛み合わせが整っていることは、まっすぐ歩けることにつながり、転倒や骨折の予防にもつながります。口元がしっかりしていない、入れ歯も入れていない状態だとまっすぐ歩くことさえ出来ない場合があります。いい入れ歯が入ると、それまでどんよりしていた患者さんの目が見開いてスカッと歩くようになられるという経験を私は何度もしています。「入れ歯なんて……」と敬遠される方もいらっしゃるかもしれませんが、よく合った入れ歯を使うことで、目は見開いて、背筋が伸び、歩行が安定するという変化が見られます。

できるだけ歯を失わないことがいちばんですが、もし失ったとしても、歯をきちんと回復することが健康寿命の延伸に直結します。お口が健康な方は、しっかり食べることができますので、高齢になっても自由に歩けること、外出できること、自立した生活ができることになります。それを支えるのが、お口の健康です。

高齢者の健康寿命を延ばすには

  • 誤嚥性肺炎などの気道感染予防⇒プラーク除去
  • 咬合を通じた平衡感覚保持による転倒・骨折予防⇒欠損回復と予防

噛む力と治療法の選択

もし歯を失ってしまったとしても、歯があった時と同じように噛めることが出来ればよいわけです。良い入れ歯を作ればよいケースもあるでしょうし、場合によってはインプラントという選択肢もありますので、歯科医師に相談して患者さんご自身に合う治療法を検討していただければと思います。噛む力(咀嚼力)の回復にはいろいろな方法があります。

天然歯の咀嚼力を100とした場合:
入れ歯は約30、ブリッジは約80
インプラントは90〜100

と言われています。

この数字で見ると、インプラントは機能的に非常に優れた選択肢であることがわかります。患者さんの状況に応じて、最適な方法を選ぶことが大切です。


ちなみに、8020運動、つまり、「80歳で20本の歯を保つ」ことを目指すこの運動は、かつては夢のような目標でした。ですが、現実に今は、8020を達成される方が時代と共に増えてきています。今後は「8020達成」が当たり前になる時代も来るでしょう。健康寿命を支えるための8020運動ですが、我々歯科医も頑張らないといけないですし、患者さんやみなさん、国民一人ひとりが日々の口腔ケアに目を向けることが大切です。

歯と認知症の関係

歯がしっかり残っていることは、認知症の予防にもつながることがわかっています。MRI画像などでも、歯が少ない人ほど脳の萎縮が進み、前頭葉や海馬といった部分の容積が減少している傾向が報告されています。また、歯がなく、入れ歯も使っていない高齢者の60〜70%が、外出も困難な寝たきりの状態である一方で、自分の歯でしっかり噛める人は、自立した生活を送っているというデータもあります。

今後、認知症の患者数はさらに増えていくと予測されており、2020年時点の推計でも、増加の一途をたどると見込まれています。認知症は本人だけでなく、介護する家族にも大きな負担を与えます。予防の取り組みは社会全体の課題でもあります。だからこそ、認知症予防は国民的課題として、日々のケアを意識していく必要があります。