ノート#3:噛む力で病の連鎖を断ち切る

歯科ノート著者村井健二

私は歯科医師として日々多くの患者さんを診ていますが、病の連鎖は、歯科の領域とも深く関係している重要なテーマです。

本稿では、歯の健康と全身の健康がどのようにつながっているのか、また、病の連鎖を断ち切るためにはどうすれば良いのかを考えていきます。

生活習慣病と「未病」の関係

まず、生活習慣に関連する「未病」という状態について考えてみましょう。未病とは、まだ病気と診断されるには至っていないが、健康な状態とも言えない中間の状態を指します。この未病の状態が積み重なることで、次第に「病」に進行していきます。たとえば、以下のような生活習慣が未病を招く原因となります。

  • 過食・偏食
  • 運動不足
  • 肥満
  • 高血圧、高脂血症、高血糖

これらはすべて生活習慣に起因するものです。バランスの取れた食生活や適度な運動を心掛けることで、肥満や高血圧を防ぐことが出来ます。そして、これを怠ることで糖尿病や動脈硬化などが進行し、多臓器への影響が出て来ます。最初は「未病」だったものが、やがて「病」となり、それが積み重なることで最終的には命に関わる問題に発展してしまうのです。

健康の源は食にあり

では、生活習慣病を予防するためにはどうすれば良いのでしょうか? 答えはシンプルです。

しっかり食べること、正しく食べること、健康維持にはこれらが欠かせません。最近は、一日一食やファスティング(断食)が、健康法として話題になることもありますが、無理をするとかえって体に負担を掛けることがあります。無理なく朝・昼・晩と三度の食事をきちんと摂ることが、基本的な健康維持につながります。

8020運動の重要性

日本歯科医師会が提唱している、8020運動をご存知でしょうか? 80歳で20本以上の歯を保とう、という運動です。歯が20本以上あれば、野菜や魚介類などの栄養価の高い食材をしっかり噛むことが出来ます。噛むことで唾液が分泌され、消化を助けるだけでなく、脳の活性化や誤嚥(ごえん)防止にもつながります。

逆に、歯が10本以下になると次のような食品にばかり偏ってしまい、栄養バランスが崩れやすくなります。

  • 柔らかくてカロリーが高いもの(甘いもの、加工食品)
  • 食物繊維が少ないもの

歯を失った場合は、入れ歯やインプラントなどを利用し、咀嚼機能を回復することが重要です。

永平寺での修行から学んだ「食」の重要性

私自身、以前に道元禅師の永平寺で座禅を組ませていただいたことがあります。その際、『典座教訓(てんぞきょうくん)』に触れる機会がありました。典座は修行僧の食事を司る役職ですが、そこで「食べるものを作ること」が非常に尊い行為だと説かれていました。

福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗の寺院、永平寺にて

修行僧が座禅を組むことと同じくらい、あるいはそれ以上に、食べること、食事を作ること、が重要であるとされています。食事を作るということは、単なる栄養補給ではなく命をつなぐ行為なのです。

病の連鎖を断ち切るために

病の連鎖を断ち切るためには、単に食べることだけでなく、どう食べるか? が重要です。

どう食べるか?
  • 良質のタンパク質、ミネラル、ビタミンを適切に摂取する
  • 低脂肪で食物繊維が豊富な食事を心がける
  • ゆっくりよく噛んで食べる

例えば、50代の患者さんで、昔は硬いものを食べていたけれど、最近は柔らかいものばかりになった、という方がいました。歯を失っていたため、インプラント治療を行った結果、再び硬い食品を食べられるようになり、体重も減り、血圧や血糖値も正常に戻ったケースがあります。

噛む力が戻るだけで健康が回復する、これが病の連鎖を断ち切る具体的な例です。未病から病への進行を防ぐには、日頃の生活習慣がカギとなります。食べること、噛むことに意識を向け、生活習慣を見直すことで、病の連鎖を断ち切ることが可能です。特に噛むことが全身の健康に与える影響は大きく、単に栄養を取るだけではなく次のような効果も期待出来ます。

  • 脳への刺激
  • 消化の促進
  • 口腔環境の改善

健康は毎日の食事から。思い立ったら、いつでも始められることだと思いますので、ぜひ、今日から意識してみてください。